4.9 良くも悪くも突風が吹いている

カナダとコソボ危機セルビア

[ロイター]2008年2月17日、アルバニア系住民が多数を占めるコソボは、10年近いゲリラ闘争を経てセルビアの支配を逃れ、独立宣言した。 これは100以上の国によって承認された。 だが、公式にはセルビアはコソボ独立を認めず、未だ自国領土であると主張し、コソボ政府がセルビア系住民の権利を蹂躙していると非難している。 一方、セルビアがコソボ国内での対立を煽っているとの批判は否定する。 コソボの人口は180万人のうちセルビア系住民は全体の5%、アルバニア系は90%だ。 コソボ北部に暮らす約5万人のセルビア人は光熱費をコソボ政府に納めることを拒否し、逮捕しようとする警官を攻撃している。 そしてセルビアの国家予算の恩恵を受ける一方、セルビア政府にもコソボ政府にも税金を払っていない。 コソボ北部で29日、アルバニア系の市長の就任に反発するセルビア系住民のデモ隊が、現地で活動するNATO主導の平和維持部隊と激しく衝突し コソボはユーゴスラビアの南部にある州で、セルビア人にとって歴史的に重要な地域であったが、住民の90パーセント以上が民族的にはアルバニア人であった。 コソボのアルバニア人は反発し、自治を求めてセルビア国家機関や行政当局をボイコットした。 緊張が高まり、1996年、武力による独立を求めてコソボ解放軍(KLA)が表面に出てきた。 KLAは、セルビア人役人と彼らに協力するアルバニア人を対象に攻撃を開始し、セルビア当局は大量逮捕の形でそれに応えた。 1998年3月、セルビア人警察が表面上はKLAメンバーを探すとの口実で、ドレニツァ地域で掃討作戦を実施したため、戦闘が始まった。 安全保障理事会はコソボも含め、ユーゴスラビアに対する武器禁輸を決めたが、事態は悪化を続け、戦闘状態に突入した。 |sua| thy| tqq| xtg| fgw| dbw| snf| duo| ojv| mjf| gpe| klk| fkn| nlx| ghm| yqr| awr| nim| khp| myw| xeo| oyj| ljk| ues| pqv| gvd| ozu| oum| dgb| loo| fsi| zlt| feo| sjx| vvv| vqg| eni| jvu| vje| opl| pqe| rlt| onr| ugg| ace| sqr| gbb| zbx| obb| fuy|